エトルリアの展示会がカッセル市のSeplkralkulturmuseum葬儀の博物館で開催されています。
私はエトルリアのブケロのカラフェを所持しておりますので、勉強のために展示会を見てきました。
博物館について。こういったテーマの博物館をわざわざ作るというのは実にドイツ人らしいのではないかと思いますが、中世から現代までのかわった墓石や棺桶、喪服、骨壷などが展示されており、古い霊柩車などもありました。エトルリアは死者を火葬する文明でしたので、骨壷に焦点を当ててこの展示会が開催されたのだと思います。会場の入り口からしばらくエトルリアの古い時期の、紀元前8世紀などの骨壷が展示されておりました。骨壷も時代が進むに連れて洗練されたものになっていくのが興味深いです。
博物館の展示は、コレクターの所持品などを集めて展示しているのだと思いますが、時代鑑定などはおおざっぱであり、数世紀ずれているものもありました。しかしながら、専門家以外の一般客にもエトルリアをわかりやすく解説するため、ビジュアルなどは凝っており、見ていて楽しいものでした。
エトルリアについては知らない方も多いと思いますが、ローマの元になった文化で、ローマの北に本拠地がありましたが、数百年にわたり北イタリアをほとんど支配していました。ローマに征服されてからはローマはエトルリアについての知識を抹消し、元からローマがあったというように歴史を書き換えてしまったために、ルネッサンスの時代になってエトルリアの存在がわかるまでは完全に忘れ去られていました。
エトルリアの発見が近代考古学のはじまりでもあり、ヨーロッパでは重要な地位を占めています。またルネッサンスの時代から贋作も作られていました。物の贋作というよりは碑文の贋作で、エトルリアの文字というのは今でもまだわかっておらず、文字はギリシア文字と似ているために発音はできるのですが、単語がどういう意味であるかはまだわかっていません。
エトルリア文化はギリシアから大きな影響を受け、クラテールなどはコリントなどギリシア風のものが多いです。最初は輸入しており後に自分たちで作るようになったのでしょう。またブドウやオリーブなどはフェニキア・カルタゴなどから入ってきました。エトルリア独自のものとしてはブロンズに似せて作った黒い陶器が有名。
マセリア(今のマルセイユ)の港からケルト人とも貿易をしており、フランスやドイツでもエトルリアのブロンズのカラフェが発見されることもあります。ワインなどをケルト人に伝えて、鉄や青銅などの資源を受け取っていました。紀元前500年頃です。
当時はブロンズで作った生活用具は非常に高価で、これに似せる意味合いで黒い陶器を作ったわけですが、こういった陶器も高価なものでした。割れても捨てるようなことはせず。切片に穴をあけて革紐を使って再び同じ形に整え、穴は錫などで埋めて、再び使っていました。
エトルリアは、一部族であったローマが力を伸ばすにつれ、支配されていき、ギリシアも同じくローマに支配されて衰退していきます。
日本ではエトルリアの研究については考古学の立場からの専門家は一人もいないと思いますが、ローマ美術の延長上で研究をしている方は一人か二人いると思います。エトルリアの研究が日本でも盛んになるといいですね。
左の皿は1つはブロンズのもので、もう一つは陶器でブロンズを模して作られたもの。
右上のものがクラテールで、ワインと水を混ぜるためのものです。ギリシアなどから伝わったもので、絵を描くのもギリシア風です。
当時はワインは水で割って飲むもので、ワインを直接飲むと頭がおかしくなると信じられていたようです。
クラテールからカラフェにワインを移すための器具。
左下のものは壊れた破片を継ぎ合わせたものですが、私のカラフェによく似ています、右上のものは同じタイプのブロンズのもの。
ワインを漉すための用具でしょうか。
ブロンズの皿や彩色された陶器皿、カトラリー。驚かされますが、紀元前500年前に関わらず、中世のドイツ人よりはるかに良いものを使っています。
食生活。現在とあまり変わらないかもしれません。
服につけるブロンズのアクセサリーなど。中近東では小さなものが多いのですが、ヨーロッパでは時代が新しくなるにつれ、このアクセサリーがどんどん巨大になってきます。
世界で現存するエトルリア土器(北イタリアで栄えた文明)の中でも最高レベルの美しい造形を持つカラフェ。2600年前のものです。
底を少し削り、素地をブリュッセルの研究所にて原子で時代測定しており年代と場所は確実。
状態は無傷完品、おそらく、墓などで副葬品として入っていたものだと思われます、掘り出されたのは戦前でしょう。
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原子使った時代測定での鑑定結果
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カッセル市の考古学コレクション、イタリアの紀元前480ー700年前のコーナーから
同コレクションの図録から、もっとも私の所持品に近いもの。もっとも、私の所持品の方が造形は美しいと思います。